ネスレ日本の深谷龍彦社長。ネスレ日本の人材育成について聞いた。
撮影: 横山耕太郎
円安や経済成長の面から、就活生からも人気が高まっている外資系企業。なかでもマーケティング職の人気が高いのがネスレ日本などのメーカーだ。
近年では、入社後に希望の職種につけない、いわゆる「配属ガチャ」による若手の離職などが注目されるようになり、新卒でも職種別採用を設ける企業も増えている。
一方で2020年にネスレ日本の社長に就任した深谷龍彦氏は「現場を知らないとマーケティングなんてできない」と話す。
社長就任から4年。ネスレ日本の人材採用や人材育成について、深谷社長に聞いた。
「私も入社して5年は営業担当だった」
神戸市のネスレ日本の本社。ネスレ日本の商品が並ぶ。
撮影: 横山耕太郎
──なぜネスレ日本では、「マーケティング職」を希望する新卒採用者であっても、まずは「営業職」に配属するのでしょうか?
マーケティング職を希望していてもいきなり配属になることはほとんどなく、数年は営業に出てもらっています。
僕も実際にそう育ってきました。マーケティングがやりたくてネスレ日本に入ったのですが、最初は営業だったので「なんで?」という気持ちもありました。
でも、営業に出ると商品の流れがわかります。工場で作られた商品が卸業者を通って、スーパーマーケットの物流センターに入って、店頭に来て、消費者が買っていく流れだったり、実際のお金の流れだったり、それを知らないでマーケティングなんかできるわけない、と私は思っています。
私は営業を5年やりましたが、マーケティングをやり始めたときに、結果的に理解するスピードが早かった。
今は価格改定も迫られていますが、1回も現場で商品を売ったことない人間が、どんなプライスを設定できるのか、1回も商品を陳列したことのない人間がどんなPOPを作れるのか、営業担当からしたら信じられないですよね。売ったことも、商品も積んだこともない人に言われても……となってしまう。
「財産はブランドと人」
世界188カ国でビジネス展開するネスレ。
撮影: 横山耕太郎
──他社では部門別採用を拡大する流れもあります。早期離職につながるなどのリスクはないのでしょうか?
今年の新卒採用者は、みんな営業現場に行って活躍しています。我々は採用の段階から「いきなりマーケティング部署というのはほぼない」と説明しています。選考の段階で諦めた子がいるのかはわかりませんが、理解して入社してくれている。
消費者を知るとか、購買者を知るとか、お店の方を知るとかっていうのは、やっぱり僕は少なくともマーケターには必要だと思っています。それが5年必要なのが、1年でいいのかは、議論の余地がもちろんあると思います。
ネスレでは、「財産はブランドと人」だとずっと言い続けています。日本だけじゃなくて、世界で言い続けていることです。終身雇用制の是非は横に置いておいたとしても、ネスレでずっと働きたいと思ってくれる社員が1人でも多い文化であってほしいと思っていますし、公表はしていませんが今でも離職率は相当低いです。
辞められる方も中にはいますが、一度やめて帰ってくる方も多い。
これからはどうやっても日本全体が人手不足になるのは間違いない。会社の魅力度を高めていかないといけない。
「4月1日に入社した時点から戦力や」
「社員一人ひとりのポテンシャルや能力をもっと開放したい」と話す深谷社長。
撮影: 横山耕太郎
──深谷の社長就任について、前社長の高岡氏は「日本人ならお前しかいない。お前なら何でも壊すやろ」と発言されていました。社長就任から4年、どのように人材育成を進めてきましたか。
2020年4月に社長就任したのですが、コロナ禍と重なっており、新入社員と直接会えない時期が続きました。
新入社員全員にこちらから会いに行きましたが、新入社員には「4月1日に入社した時点から戦力や」と毎年言っています。「お客さんじゃない、1日目から貢献できることがある」と。ダイバーシティともつながると思いますが、一番消費者に近いのは今日時点では彼らですから。
若手社員だけではなく、全社員に対して、意見を言う文化を一生懸命作ろうとしてきました。「社長だから正しいとか思わん方がいい」とも伝えています。社長の言っていることが全部正しいんだったらどの会社も潰れない。
若い社員とかは社長の言うことは盲目的に信じてしまいがちだけど、上司のことだって疑っていい。自分に対案がないのに「上司の意見が違う」と批判するのは卑怯ですが、ちゃんと根拠があって、自分なりの考えがあれば、それを恥ずかしがらずに言うこと。
自分がスイスで勤務した経験も大きかったと思います。スイスは学校の教育から違います。先生に対して反論するって、日本の教育ではあんまりない。それが普通にできる、だから上司にも意見できる。日本以外の国ではそれが普通です。
自分はそうやって社会人生活を歩んできたので、高岡さんも「ぶち壊す人だ」と言ってくれたと思っています。
「女性管理職比率は改善している」
──ネスレ日本では「2025年末までにマネジャー職に占める女性割合を25%以上にする」という目標を掲げています。一方グローバルでは「上位200人の役員層に占める女性の割合が現在は45%」としており、日本の遅れも感じます。
ネスレ日本の具体的な数字は公表していませんが、例えば工場は夜勤もあり、特に子育て世帯では負担が大きいという事情もあります。
ただスイス本社に、いつまでにどうするという数値レベルは約束しており、ここ数年で女性管理職比率は上昇しています。
ネスレ日本には、スイス本社や他国のネスレからの出向社員も多いですし、逆に日本からスイス本社やアメリカ、シンガポール、インドネシアなどに出向している社員もいます。
女性だけではなく、多国籍の社員や、中途採用も含めて、考え方、育ってきた文化が違う人たちが融合していくことが本当のダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンだと捉えています。
毎年、新春メッセージとして社員にキーワードを出しているのですが、2021年のキーワードは「衆知」にしました。松下幸之助さん(パナソニック創業者)が使っていた言葉ですが、トップダウンではなく、みんなの知や経験を結集して大きな力にする。
そして2022年からのキーワードは「Unlock」でした。一人ひとりのポテンシャルや能力をもっと開放してやっていこうと。そういうメッセージを毎年考えて全社員に呼びかけています。